ミッションたぶんPossible

どこにでもいるシステムエンジニアのなんでもない日記です。たぶん。

「枯れた技術の水平思考」と「IoT」

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 昨今では「IoT」という言葉を聞く事がそれほど珍しくなくなりました。ITエンジニアのオレにとってはそれこそ日常茶飯事で目にする(あるいは耳にする)単語です。でも、この言葉を聞くたびに、必ず思い出すエピソードがオレにはあります。


 数年前、業務コンサルタントの友人とバーで酒を飲んでいた時の話です。内容はたわいもない話から、いつの間にか互いの仕事の共通点である「IT」のトピックへ移りました。酒もそれなりに回り出すと、議論がいつの間にか白熱していたのを憶えています。話題のITトピックについて、どちらかというとあまり詳しくない友人に向けて、オレが平易な言葉を選んで分かりやすく説明しようと試みていたのですが、突然友人からややろれつの回らなくなった口でこんな質問を投げかけられました。




タキガワさん、僕はね、今更『IoT』なんてものが話題になる理由がさっぱり分からないんですよ。だって、僕がコンサルに入ってる製造業の現場(=工場)では、どこもとっくの昔に導入してて、当然の当たり前なんですよ。なんで世間は今更こんな使い古されたものに大騒ぎしてるんですか?




 「IoT」つまり「Internet of Things」は、乱暴に説明すると、既存の「コト」や「モノ」を片っ端からインターネットにつなげてデータ取って分析しちゃおう、というもの。通信技術が高価だった時代と比べると、昨今は通信品質は圧倒的に向上し、なにより値段が劇的に(それこそ何百分の一というレベルまで)下がっています。なにより機材のサイズがとても小さくなっていて、場所を取らない。やっと気軽になんにでも導入できるようになったわけですね。SORACOMみたいな新しいサービスが出てきたのも大きな要因でしょう。


 ところが、製造業の大規模な生産ラインは、品質不良やライン自体の故障やなんかが発生すると、一瞬で億単位で損失が出ちゃったりします。それほど通信技術が安価でない時代であっても、想定される損失と天秤にかければ、十分に釣り合う。そのような現場を主戦場としている友人にとって、蛇口をひねれば水が出る、コンセントにプラグを挿せば電気が流れる、それらと同じように、センサーが生産ラインをチェックし続けて状況を逐次知らせてくれる状況というのは当たり前なのでしょう。それが最初から当たり前の環境にいるのであれば、「IoT」が巷で話題になっているのは「何を今更」と思うのは至極当然なのかもしれません。


 友人のその質問を投げかけられ、しどろもどろ回答していたその時、オレの頭によぎったのは「枯れた技術の水平思考」という言葉です。言わずと知れた任天堂の故:横井軍平氏の言葉です。

ゲーム&ウオッチは、5年早く出そうと思ったら10万円の機械になっていた。量産効果でどんどん安くなって、3800円になった。それでヒットしたわけです。
これを、私は"枯れた技術の水平思考"と呼んでいます。
技術者というのは自分の技術をひけらかしたいものだから、最先端技術を使うということを夢に描いてしまい、売れない商品、高い商品ができてしまう。
値段が下がるまで、待つ。つまり、その技術が枯れるのを待つ。枯れた技術を水平に考えていく。垂直に考えたら、電卓、電卓のまま終わってしまう。そこを水平に考えたら何ができるか。そういう利用方法を考えれば、いろいろアイディアというものが出てくるのではないか。


   ―  横井軍平著『横井軍平ゲーム館』(アスキー 1997年)


 「枯れた」という言葉は、ITエンジニアリングの現場では「バグの出ない」「安定した」と言う意味で用いることが多いです。多くの技術者・案件が活用している製品・サービスであれば、使い込まれるほどにバグが露見し、その都度修正されてきている。だから古くて人気のある製品・サービスであればバグもなく安心して活用できる。バグや不具合を泉(=製品・サービス)から湧き出る水に見立てて、古くて安定した技術のことを「枯れた」と表現したのでしょう。


 でもまぁ個人差はあれど、一般的には「枯れた」といえば真っ先に植物が思い当たるでしょう。植物が枯れるとは、水分量が減って、重量が軽くなる、体積が小さくなる、それを流通させた際の値段が安くなる。
 通信技術が発展することで、サイズが小さくなり、軽量化し、安価になる、まさに「IoT」のそれが当てはまります。なるほど、横井軍平氏が言った「枯れた技術」とは泉ではなく植物のことだったのかもなぁ、なんてことを、今更ながらに思いました。(よくよく考えたら横井軍平氏はITエンジニアではないですしね)


 さて、前述の友人の「世間は『IoT』の何に大騒ぎしてるんだ?」という問いについては、オレは要約して「コストダウン」と答えた気がします。が、友人からは、人を小馬鹿にしたようなツラで「ハァ?」といういささか怪訝な返事が返ってきたのを鮮明に記憶しており、それ以来「IoT」という言葉を聞くたびにあのイラッとする表情が頭をよぎるようになりました。先ほどの「枯れた技術の水平思考」も相まって毎回複雑な心境に陥るのですが、それにもういいかげんウンザリなので、誰かと共有して忘れ去ってしまいたいと思い、ここに記した次第です。