ミッションたぶんPossible

どこにでもいるシステムエンジニアのなんでもない日記です。たぶん。

優秀すぎるせいで評価が上げられない新人さんの話



 昨晩もいつものように飲んでいました。相手は前職の同僚2人。1人はオレと同じく前職を退職し、今は起業して10人程度の会社を切り盛りしています。もう1人はオレが前職に入社した当時からの先輩で、今も会社に残り続けています。どちらも10年以上の付き合いです。話題はたいてい仕事の話で、この晩もいつもと同じように互いの仕事の話になりました。


 話を聞くと、ちょうど今、社長氏の会社から1人、新人が業務委託として先輩の下で働いているそうです。とても優秀な新人さんのようで、先輩はその新人さんをことあるごとに大絶賛していました。他の新人とは比較にならないくらい仕事ができる、他の会社の数年選手と比べても遜色ない、自慢の後輩だ、新人じゃ体験できないレベルの仕事にもチャレンジさせてる、どこに出しても恥ずかしくない。先輩は元々人を悪く言うことがないタイプの人間なので、他者を褒めるのを見るのは珍しくないんですが、ここまで絶賛するのは初めて見た気がします。なるほど、きっと優秀な新人さんなんでしょう。


 ところが社長氏は、その先輩の様子を見て怪訝な顔をしています。その新人さん、たしかに今は派遣で先輩の下についていますが、実際には社長氏の部下です。ここまで自分の部下を絶賛されて嬉しくないはずがない。社長氏はグラスを飲み干すと、意気揚々と新人さんを自慢する先輩に向かって、堰を切ったように喋り出しました。


おまえがそうやってXXXXX(新人さんの名前)を大絶賛するから、俺はあいつを評価できねえんだよ!!


 社長氏はその優秀な新人さんを査定する立場にあります。でもその新人さんだけを評価するわけじゃない、他にも社長氏が評価をしなくてはいけない新人レベルの社員が何人もいて、どの社員に対して出来るだけ公平公正に評価をし査定をする義務が社長氏にはあります。
 ところが、起業してからまだ1年あまり、社長氏自身も現場に出て働いています。部下たちの評価はどうしても出向先の評判に頼らざるを得ない。特に部下たちを預かっている直属の上席者の評判が、社長氏の会社の査定では非常に大きな比重を持つことになるのです。


 そんな状況で聞くのが、先輩が発する前述の新人さんの評価です。非常に優秀だ、なんでも経験させてる、他より全然仕事ができる、先輩は新人さんのことをそんな風に絶賛する。
 こういっちゃなんだけど、いくら優秀だといっても限度があるわけですよ、しょせんは新人なんだし。


 ITエンジニアに限った話ではないですが、社会人の成長は、自助努力はもちろん大事ですが、やはり任される仕事から得るものは非常に大きいです。どんな仕事を任されているのか、その中でどんな動きができているのか、上席者はどんなことをその人に期待していたか、その期待より良かったのか悪かったのか、どう良かったのかどう悪かったのか、そもそもその期待は適正なものだったのか。市場から見たその人の絶対評価と、過去のその人と比較しての相対評価、さまざまなことを鑑みて評価を下さなければ、公平公正な査定を行うことなんかできない。
 社長氏は基本チャランポランで酒にだらしない奴ですが、根は非常にマジメなので、自分の部下たちに対しても誠実でありたいと思っているのでしょう。ところが当該の新人さんの評価で一番参考にしたい先輩の口からは、大絶賛の嵐しか聞こえない。大絶賛はしてくれても、何がどう良いのか、どう良くなったのか、何がセールスポイントなのか、具体的な言葉が聞こえてこないのです。


 涼宮ハルヒの憂鬱のスピンオフ漫画に、優秀すぎる涼宮ハルヒを同級生が評する台詞で、こんな言葉が出てきます。


太陽を直視していては目を痛めてしまう。わかるだろ?


 いわば先輩は、新人さんのまぶしすぎる才能を目の当たりにして、目を痛めるまではいかないまでも、まぶしさに目がくらんでいる状態なのかもしれません。それゆえに新人さんが優秀だとは言えても、その優秀さをきちんと分析できてない状態なんじゃないでしょうか。だから新人さんの優秀さを正しく公平公正に伝聞することができない。社長氏はそれに対して「おまえ(先輩)のせいで評価ができない」と指摘したのです。


 話は少し変わります。
 オレが前職に入社して最初についた上席者は、我々の最初の人事考課で「僕の給料を下げてもいいから、みんなの給料を上げてほしい、と上には頼みました。」と言ってくれていました。当時は非常に感動しましたが、今は違います。オレはこの行為を、中間管理職という他者の評価を上席者に促す立場の人間として、愚策中の愚策だと思っています。「自分の給料を下げてでも」などというのは逃げにすぎない。そんな言葉を出さなくても、いかに自分の部下が成長したか、いかに自分の部下が優秀か、どのように自分の部下が仕事をしているか自助努力をしているか、もっともっと言葉を尽くして手段を講じて上席者に自分の部下の魅力を具体的に伝えることは出来るはずです。


 部下を持つ、というのは非常に責任の大きい仕事ですが、特に「評価」というのは、大げさにいえば部下の人生を左右しかねない役割です。部下をけなすだけの上席者など愚の骨頂ですが、かといってやみくもに大絶賛すればその人の評価を上げられるわけではない。部下を持つ立場というのは、部下の能力や特徴、成長度合い、を適切に客観的に具体的に、でも魅力的に語ることができなければいけない。この晩の酒宴では、そんな当たり前のことを改めて気付かされました。



 ……ちなみに、ですが、冒頭の会話は深夜1時くらい、すでにそれぞれがジョッキ10杯以上飲んだ状態からスタートし、その後1時間以上かけて激論されました。オレはほぼほぼ蚊帳の外だったこともあり、ファシリテーターに徹したおかげでこの会話を憶えていられましたが、2人が憶えているかどうかは壮絶に怪しいですね。願わくば当該の新人さんのためにも明日への教訓として生かしてほしいなぁ、とここに書き記した次第です。

 記事先頭に掲載した写真はその晩飲んだ「アプサント」というお酒。いわゆる薬酒だと思うんですが、角砂糖をグラスの上で燃やして砂糖をとかして飲む、という初めての経験をしました。香りがすごく良くて角砂糖を入れたこともあって甘いし比較的飲みやすいんですが、アルコール度数は60%もあって香りをかいだ時に揮発するアルコールも合わせて吸い込んでむせるほどなので、お酒に弱い人は香りだけ楽しんでみてください。強い人は遠慮なく飲んでください、でも一杯でやめといた方がいいですよ。