ミッションたぶんPossible

どこにでもいるシステムエンジニアのなんでもない日記です。たぶん。

法事と農村と大雪と雪害報道


 この週末は祖母の一周忌法要(とついでに叔父の三十三回忌法要)で故郷に戻っていました。(今は上京のバスの中です)

 二月に降った雪は故郷でもそこかしこに残っていました。父母に話を聞くと、東京よりはやっぱり故郷の長野県伊那谷の方が深く積もったようで、しかし伊那谷でも降り方がバラバラだったらしく、オレの生家ではせいぜい30cm程度、一方法要のあった母の生家のでは80cm超、と、山の天気はやっぱり読めんなぁ、と改めて実感しています。(つまり何が言いたいかというと、墓参りに行くのが大変だったんだぜ)


 一周忌法要の合間の会話は、週末のニュースの一面に上がっていたビットコインの経営破たんと、農村らしく冒頭の雪害の話が多かったのですが、そのうち雪害については、親戚連中から面白い話を2つほど聞いてきたので、ここで紹介したいと思います。




 一つ目はビニールハウスについて。東京でも報道されていますが、農村では雪による農業被害が多く出ました。その殆どが積雪でビニールハウスが押しつぶされてしまうことによるものだそうです。実際、故郷を車で移動すると、そこらじゅうで無残な姿を曝したビニールハウスを目にしました。


 ビニールハウスといってもピンからキリまであって、かなり丈夫なものから、簡単な支柱にビニールを張っただけのものまで様々あり、被害が出たのは大体後者です。ただ、簡単なビニールハウスといってもそれなりに費用がかかり、25mプールくらいの広さのものだと、建設費用は100万単位になります。費用面ももちろん重い負担ですが、もうしばらくすると苗が届くという時期なので、育てるビニールハウスを失った農家は届いた苗を育てることもできず、苗の代金も無駄にするだけでなく、今シーズンの収益も失うことになります。また、そもそもビニールハウスも、大量に作ったりするものでもないので、支柱の在庫も殆どないらしく、再起を決意してもそうそう簡単に立て直しはできないのが現状のようです。



 一方で、農家が対策を打つことで被害を最小限に食い止めたビニールハウスもいくつかあったようです。そのハウスの特徴は「あらかじめビニールを切っておいたこと」。


 結局のところ、ビニールハウスで一番高いのは鉄の支柱で、これが雪の重みで歪んだりすると二度と使えなくなってしまいます。一方で屋根や壁に使われるビニールはそんなに高価なものでもなく、前述のサイズでもせいぜい数万円で済むとのこと。だったらビニールだけあらかじめ切っておいて雪をビニールハウスの中に落とし、ハウスの支柱だけでも守ろう、というのがこの対策です。そうやって早めにビニールを切った農家のハウスは、一見ボロボロにみえるんですが、支柱自体は無事なので復旧が早く経済的な影響も小さいのだそうです。中で何か育てている場合には、ビニールを切る判断を下すのは相当勇気がいるでしょうが、ビニールハウスの再建費と育てている作物から将来得られるはずの収益とをはかりにかけて、結果として判断を下す農家もあるんだと思います。


 もちろんビニールハウスが雪に耐えられる可能性も決して低くはありません。積雪は冒頭で書いたように、同じ土地であっても積雪量には大きくバラつきがありました。風向きや地形……林の手前で吹き溜まりだったり、川沿いで吹き曝しだったり……も大きく影響します。何よりハウスの形状によって雪を下に落としやすいかどうかも、ハウスが無事だったか否かの分かれ目になっています。


 ビニールを切るか切らないかの判断は、株式取引の言葉でなら「損切りできるか否か」と表現できるでしょう。この判断は難しく、百姓をやっている親戚に意見を聞くと「あのハウスの形状だったら別に切らんでも潰れんかったら。」と実際にビニールを切ったハウスを見ながら気の毒そうに答えていました。
 一方で、ビニールを切るという判断をした農家はそんなに多くないそうです。「大ベテランの農家だってみんなハウスを雪で潰されとるんな。そんなに上手いこと判断できるもんじゃないに。」とのこと。それほどまでに今回の大雪は、少なくともオレの故郷の伊那谷でも、異例の事態だったのでしょうね。




 もうひとつの話は、ニュースでも頻繁に取り上げられていた、山梨県の孤立集落のエピソードです。今回の大雪でインフラが閉ざされてしまい、一部の地域の人たちが完全に孤立して物資が届かないという事態になった、という報道は、多くの方がご覧になったかと思います。
 今回の法事で集まった親戚の中に、たまたま山梨県の地域の防災対策を担当される方を知り合いに持つ人が一人いて、……まぁつまり完全にまた聞きなんですが、実際に山梨でどんな状態だったのか、その裏話を聞くことができました。


 対策に追われた方は、あの大雪から一週間くらい職場に泊まり込み、寝袋生活が続いたそうです。除雪に水道や電気といったライフラインの復旧、いろんな仕事があったんじゃないかと思います。特に今回はメディアの注目度も高かったので、そういった報道陣対応もかなり忙しかったのではないでしょうか?


 一方で孤立集落と呼ばれた土地に住んでいる方々は、さすがに今年ほど大雪に見舞われることはそうそうないものの、そもそも雪がよく降る地域に長年住んでいるので、雪で家から出られない、なんてことには慣れっこなんだそうです。雪が降ったら屋外に出るのは最低限にとどめて家に引きこもり、炬燵にあたってお茶でも飲みながら漬物でも食べる、なんてのが元々彼らの冬の過ごし方。それが例年より数十cm余分に降ったからといって基本的には変わらないらしいんですね。


 そこに、メディアが騒ぐから、っていうんで、今回はヘリまで飛ばして救助に向かったんですが、救助される対象の住民からは「めんどくさいから出たくない」の一言で一蹴されたんだそうな。それを散々説き伏せてヘリに乗せてしぶしぶ避難所に移動してきてもらったんだそうです。
 もちろん、救助が必要な人もいたはずです(雪で転んで大きなけがをしたのに救急車がやってくるまでに数日かかった、なんて人もいたようです)し、注目度が上がって復旧が急ピッチに進んだことで助かった人も多かったと思います。が、一方で要らん対応だったと思っている人もそれなりにいたのかもしれません。




 孤立集落の救助がメディアに煽られた感があるのは、前述のビニールハウスの話とも共通点があるかな、と思います。ビニールハウスは雪だけじゃなく、台風とかいったあらゆる自然災害から影響を受けるんですね。倒壊したビニールハウスなんて、決して頻繁に見かけるようなものではないけれども、それでも何かの折に見かける、というのは農村に住んでいればそれなりに経験することなんです。自然災害に対して政府が救済策を設けることも、今までに何度もありました。


 でも今回の雪害では、どちらの話題についても割とメディアが大きく取り扱いました。それによって都市部に住む人も被害の大きさを知ることとなりました。じゃあ、なんでメディアは今回の雪害に限りこんなに大きく報道したのか? 何が今までと違ったのか? 被害が大きかったから? もちろんそれも原因の一つでしょう。でも、たぶん、もっとも大きかった理由は


都市部での降雪被害があったから


 言い換えれば


自分らが痛い目見たら、同じ理由で被害に遭っている他所の人に目が向くようになったから


 なんだと思います。


 今回の大雪は東京のような都市部でも大きな影響を及ぼしました。痛みを知ると他人の痛みが分かるようになる。逆にいえば、自分らが痛い目を見ないと、どんなに被害が大きくとも他人の痛みなんかわからんのでしょう。(10年くらい前にもかなりの大雪が降ったはずなんですけどねぇ、人間ってのはやっぱり学習しない愚かな生き物ですねぇ)

 痛みが分かるから各地のより被害の大きい地域のニュースが気になるようになる。注目度が高い→視聴率が稼げるからメディアも大きく報じる。メディアが報じるからより注目度が高くなる。そんなスパイラルがあったのではないでしょうか。それによって多くの人が雪害による農村の被害をいまさら知るところとなったように思われます。


 同じ日本にいながら、どれだけ他人に無関心だったか、想像力が欠如していたか、雪害による一連の動きは、人の心を端的に映し出していたんじゃないですかね。



 メディアは民衆を映す鏡の役割をしているとオレは考えます。メディアを「マスゴミ」などとネガティブな言葉で否定する人もいますし、印象操作をしているような様子も時折見られるのも事実のひとつではありますが、その実「民衆の大多数がその情報を欲しているから提供しているだけ」、「メディアも需要と供給の関係で成り立っている」というのを忘れちゃ駄目なんだと思います。


 マスゴミだ何だと憤る前に、なぜその情報が報道されているか、誰がその情報を欲したのかは、常日頃からもう少し深く考えたいな、と改めて感じました。オレが今回の雪害から得た教訓の一つに加えておきたいと思います。