ミッションたぶんPossible

どこにでもいるシステムエンジニアのなんでもない日記です。たぶん。

閾値を超えるジレンマ


 昨日はてなブックマークホッテントリ入りしていたこちらのツイート、このツイート自体は「何を脳みそお花畑なことを……」とアラフォー独り身なおっさんのオレなんかは苦々しく思ったりしたわけですが、このツイートに付いているコメントやリプライの内容がなかなか秀逸でした。みんな上手いこと言うもんだ。

  • とんかつ食ったことないやつがとんかつ無しでは生きていけないなんて言わない、っていうコピペが的を射ている(miraiez)
  • 崖から落ちたら死ぬけど、最初から崖の下に住んでる分には平気だろ(uzusayuu)
  • 麻薬やったことないから麻薬使わなくても全然苦しくないです(nmcli)
  • 深海魚は太陽を求めない(@nagkirio)
  • タバコ吸わない人が、禁煙しても平気なのと一緒。酒飲まない人が、禁酒しても平気なのと一緒。(@Tadakatu03)


(@vacationzc)


 こういう例を出されると、なるほど「あるある」だなぁと思います。実際の@miki0423smallさんの状況がそれらと合致するのかはさておき、オレはこれらの現象を以前から「閾値を超えるジレンマ」と呼んでいました。




 端的に言うと「体験の上位互換が発生することによって、それ以前まで何の不満も無かった体験に苦痛を感じるようになる、更には苦痛が強すぎてそれを実施できなくなる状況」を、オレは「閾値を超えるジレンマ」と呼んでいます。
 この現象について、オレなりに例を挙げてみました。

  • 今まで毎日のように通っていたラーメン屋が、別のもっとおいしいラーメン屋で食べた後では不味く感じてしまい、二度と行かなくなった
  • 築地で回らないお寿司を食べたら、たまの晩飯に楽しみに食べていたスーパーの半額パック寿司が美味しく感じなくなった
  • 本格的なバーで竹鶴を飲んだら、いつもの自宅での晩酌の安いウイスキーが美味しくないと感じた
  • 32インチデュアルディスプレイの環境でのプログラムに慣れたら、自宅の小さなノートPCでプログラムを書くとイライラした
  • 20万のロードバイクに慣れたらママチャリにタルくて乗る気がしなくなった
  • 大型冷蔵庫に慣れたら、単身赴任先の小さな冷蔵庫にストレスを感じる
  • 自家用車で移動することに慣れてしまい、電車やバスに乗るのが面倒に感じる


 「閾値を超えるジレンマ」は体験の上位互換によって発生するので、ちょっとでも体験のベクトルが逸れると回避できる場合があります。たとえば、

  • クラフトビールに飲みなれたら日本の生ビールが飲めなくなった
  • 築地で寿司を食べたら自宅で子供達と楽しみにしていた手巻き寿司パーティーができなくなった

みたいなのを挙げると、クラフトビールと日本の生ビールだと味の方向性が微妙に異なるので上位互換にならなかったり、また築地の寿司と自宅の手巻き寿司パーティーだとシチュエーションの違いがあるので上位互換が起こらなかったりします。もちろん、体験の中身は個々人で異なるので、必ずしも起こらないとも限らないですし、一見全く異なる体験でも上位互換が発生してしまう場合もあります。


 「閾値を超えるジレンマ」を解消し、以前の体験を受け入れられるようにする方法は、オレが知る限りでは今のところひとつしかありません。「閾値を超えるジレンマをはるかに上回る苦痛に晒されることで、本来不可逆であるはずの体験のボーダーラインを強制ロールバックする」というものです。
 具体的には、美味しいものに食べなれてエンゲル係数が爆発的に上昇してしまった人が、事故等で多額の借金を背負って極貧生活を強いられ、必然的に食事のレベルを長期間にわたりダウンさせる必要に迫られる、みたいな状況を指します。
 なので、冒頭の@miki0423smallさんの場合、仕事や学業に長時間拘束される状況に強制的に置かれれば、忙しすぎて彼ピッピどころではなくなるわけです。ブラック勤怠が治療薬になるというまさかの結論!依存症などの他の精神疾患が原因の場合にはこの限りではありません、あしからず。




 ちょっと前にあったニュースで、幸福度が一番高かったのは極貧国のブータンだったという話があった記憶があります。過ぎたるは及ばざるが如し、上見て暮らすな下見て暮らせ、ってのは、あながち間違ってないのかもしれませんね。もっとも、SNSが発達して強制的に体験の上書きをさせられる現代日本では、なかなかそういうわけにもいかないんでしょうけど。



追記

 公開後、@_N_A_@itow_pondeから関連情報を貰いました。多謝!


wired.jp

 オレが「閾値を超えるジレンマ」と呼んでいる現象は、認知科学において「参照点バイアス」という名称で研究されているそうです。上記記事では、他人の行動によって相対的に自分の提供する体験の価値が下がり、自分が低く見られるものを嫌気する傾向が顕著に現れたことを報告しています。


service.plan-b.co.jp

 一方こちらは経済行動学から、「アンカリング効果」について説明しています。先行する何らかの数値(アンカー)によって後の数値の判断が歪められ、正常に判断できなくなることを指すようです。事前に手持ちの情報が不足している場合に発生するようですので、オレの言葉で直すと、閾値を超える以前が情報が不足しており狭い世界で判断している状態、閾値を超えた後が情報が追加され比較的広い世界で判断している状態、と言えるかもしれません。