会社を辞めたので自転車で四国八十八ヶ所参りをやってみた。其之九:愛媛へ
三十八番札所:金剛福寺
6時起床。寒い。ジョン万次郎像が朝日を浴びている。テントをさっさと片付けると、ほぼ目の前にある金剛福寺にお詣りする。朝霧立ち込める中お寺を参拝するのは幻想的で気持ち良いが、正直に言えばスッゲー寒い。
せっかく足摺岬にきたので、ちょっとタイムロスにはなるが、足摺灯台も見ていく。ここから見る朝日は本当に素晴らしかった。
ふと目を下にやると、小島に人がいるのが見える。どうやら釣り人らしい。あの根性、見習いたい。
三十九番札所:延光寺
この旅で初めて「善根宿」を見つけた。お遍路さんなら無料で泊まれる、非常に簡易的な施設だ。有料宿泊施設とは異なり、トイレや水道が無かったりすることも珍しく無いらしい。とはいえ、野宿を経験した人間からすると、雨が防げるだけで十分ありがたい。四国には善根宿や休憩所などお遍路さん向けのちょっと施設が道のいたるところにある。四国にお遍路が定着している証だろう。
昨日も見かけた、落石防止壁の苔を利用した交通標語……の作りかけなのだろうか。あるいは途中で諦めてしまったか。
次の延光寺までは約60km。また峠越えですよコンチクショーめ。途中、山あり谷ありダムあり。景色が素晴らしいのは、苦労して登った証です。
延光寺には赤いスカーフをほっかぶりにしたご婦人の集団がいた。どうやら炊き出しをしているようだが、お遍路とは関係無いっぽい。何をやってるのだろう?
四十番札所:観自在寺
観自在寺に向かうトンネルの手前に愛媛県との県境があった。ここからは伊予国、土佐とはお別れだ。
観自在の納経所で、御朱印を授けてくれた、おそらく50〜60歳くらいだろう男性から声をかけられる。「兄ちゃん歩き遍路か?」自転車だと答えると「そんなペラッペラな格好で寒そうやな」と言われた。確かにオレはその時、ウインドブレーカーがわりのペラッペラのトレーニングパーカーの下に、ユニクロのヒートテックの長袖シャツを着ているだけだった。正直寒い。が、上り坂でどうせ汗をかくので、これ以上着るとかえって汗の始末が面倒になってしまう。寒さを我慢して、坂を登ることを重視した結果、真冬には異常な薄着をせざるをえなかった。
そのことを説明すると、納得したのかしないのか、続けて「今日はどこで泊まるん?」と聞いてきた。次の龍光寺にはさすがに間に合わないが、できれば宇和島まで出て、龍光寺の付近で宿を取れたら、と目論見を伝えると、親切に宇和島市内の宿泊施設を教えてくれた。宇和島市内の宿泊施設のリストをくれ、ここは安い、ここは龍光寺に近い、ここは遠いからダメ、ここは高い、などなどメモ書きを入れてくれる。丁寧に教えてくれたことに感謝を伝え、観自在寺を後にする。心遣いが本当に嬉しい。嬉しいが、実は既に宇和島駅前のホテルを予約済みだとは言えなかった。
いくつめかの峠を超えている最中、トンネルの手前、上り坂の途中の交差点で銀色の自家用車が止まっていた。邪魔だなぁと思って迂回しようとすると、車の中から声がかかり、呼び止められる。自転車を止めると、車から60歳くらいの女性が降りてきた。「これあとで食べてなさい。頑張ってね。」そう言ってクッキーの入った袋とみかんをいくつかくれた。わざわざこれを渡すために坂の上で待っていてくれたのだ。嬉しさで感謝の言葉がうまく出てこない。なんとかお礼の言葉を絞り出すと、走り出した銀色の車が見えなくなるまで見送った。
オレにとって見知らぬ土地:四国に来て、オレは確実に人と話す機会が減った。しかし、孤独を感じることは全くなかった。むしろ、東京にいる時より、人との縁を強く感じる。四国にはお遍路さんを大切にする文化が根付いている、とは以前から知っていた。が、知ってるのと自分で体験するのとは訳が違う。人と接し、人の親切を目の当たりにすると、その有り難みをひしひしと感じる。
お遍路に来る前、東京で見た映画「君の名は。」の、とあるシーンを思い出す。ヒロインの祖母:一葉の言葉「結び」。人との「結び」、土地との「結び」、弘法大師との「結び」、誰かがずっと紡ぎ続けた組紐をたどって、オレは今ここにいる。たぶんオレ自身もその組紐を紡いでいるのだろう。オレが受けた恩を誰かに繋いでいくことはあるのだろうか? あればいいな、と素直に思う。見えない組紐が誰かにつながっていることを思い浮かべて、また坂の上に自転車を向けて走り出す。
宇和島市内の予約したホテルにチェックインした頃にはすっかり日が暮れていた。宇和島は鯛飯が有名らしく、できれば食べたかったが、荷物の整理やら色々やっていたら駅前の店は全て閉店してしまっていた。せっかく駅前のホテルなのに、晩飯はコンビニ弁当。鯛飯が食えなかったのは残念だったが、まぁそのうち別の街でなにか美味いものも食えるだろうて。
先ほど接待で頂いたクッキーとみかんもこのとき食べた。この「結び」を糧に、明日も朝から走り出す。
この日の走行距離
- 125.8km(+徒歩:3.3km)