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ミッションたぶんPossible

どこにでもいるシステムエンジニアのなんでもない日記です。たぶん。

蒲田行進曲はもう聞こえない



今日で5ヶ月続いた大手SIer傘下のWebサービス開発案件が全て終了しました。思えばこの案件が始まったのは、今年の7月。暑い盛りで、なんでこのクソあちいのに蒲田くんだりまで来にゃあならんのだ、とネガティブに考えていました。しかも開発工程がウォーターフォールガチガチの大手SIer。わずかな未体験の技術要素に希望を見出し、最後の最後にどっぷり「ド」ウォーターフォールを味わってやろうと無理やりにも腹を括ったのが、随分と遠い昔のように感じます。


しっかし、この案件も色々あったなぁ。久々に稼働がデスマ直前まで行ったし、たった2ヶ月の開発期間でうつ病で2人も倒れるし*1、案件と商流を任そうと思ってた後輩がとんでもないクソ野郎でストレスでこっちがブチ切れそうになるし、そいつがあろうことか現場で就職活動しやがって別のBP会社に転職しやがるし。


でも終わってみれば概ね順風満帆に行って、それなりに現場でも信頼してもらえる立場になれたのは本当に良かったです。願い通り「ド」ウォーターフォールも心ゆくまで味わえましたw。意外と「今しっかりジャパニーズウォーターフォールをやっといて良かった」というのがオレの率直な感想です。小さなチームだったので割とフレキシブルに動かざるを得なかったですが、その中でも役割が割とキッチリ分担されていたこと、何より管理者の方がかなり色々柔軟に動いてくれたので、開発に凄く集中しながら、でも目の端で大量の付随作業も目にしながら(時には自分も必死にこなしつつ)、プロジェクトを進めることができました。


一番驚いたのは、その「ド」ウォーターフォールの成果をちゃんと望んでるお客さんがいるんだ、ということ。ビジネス上の駆け引きでもなんでもなく、本当に「それだけの成果物が必要だ」と望んでいる。今のユーザー企業って、どちらかというと大企業であっても安さとスピードを望んでいる方が強いのかな、と思ってたんですが。やっぱり馴染んだ方法論から抜け出すのには、それなりにパワーというか外圧が要るんでしょうね。


望んでいるお客さんがいるなら、「ド」ウォーターフォールで開発することの意義はまだあるんだと思います。アジャイルを知ってから「出来るだけアジャイル的なやり方で開発した方がお客さんにとってメリットが大きいんじゃないか」と思っていたんですが、そうとばかりも言えないんだなぁ、というのを思い知りました。ちゃんと相手のコンテキストを見極めないとダメですね。



あと、「ド」ウォーターフォールで徹底してやり切ったからこそ今の品質で納品出来たのも、やっぱり事実なんだと思い知りました。これはオレの実力不足も要素として大きいのですが、あれだけきっちり揃えると、属人性が下がってやり切るだけで品質を一定レベルにあげることが出来る。これはウォーターフォールというよりは「大手SIerの培って来たノウハウ」というべきなんですけど、そういったものを思い知ることができました。オレは所詮はまだまだ実力不足のエンジニアで、デカい口叩ける身分じゃねえなぁと自戒する良い機会になりました。



個人的に一番大きかった成果は、管理者をやってくれた方と一緒に仕事できたこと。彼自身はその大手SIerの中で色々な開発手法・マネジメントを教えるような立場にあって、会社の金を使ってシアトルとかまで行ってGoogleやMSのような世界的にデカい会社のPMOが喧々諤々の議論を交わす中に飛び込んでいけるようなものすごい人なんですけど、そんな凄い部分は普段はおくびにも出さない。アジャイルだって多分オレなんかより全然詳しい。でも、自分の会社のコンテキストの中で、最善をキッチリ見出して汗をかいてプロジェクトを推進できる。笑顔と軽快なトークでみんなの輪を取り持って、いざ問題が発生するとどんなに泥臭くても、たとえ自分が恨まれても、その「大手SIerとして恥ずかしくない」ものづくりを目指せる。「組織のため」そして「自分と一緒に仕事をするみんなのため」に戦える。本物の企業戦士だと思いました。たぶん、会社を変えたいと思うことも、もっと試したいと思うこともあるはずなんです。それらを一切見せずに仕事に邁進できる。なかなかできることじゃないと思います。
あの人と一緒に仕事が出来たことは、オレの一生の財産になりました。


そういえば、この現場ほど自社ブランドをみんなが気にかけているところも、オレの11年のSE人生はこれまでなかったと思います。「○○○○ブランドのため」というと、今の風潮だと「社畜」だ「ブラック」だと言われかねないですが、でもそれでみんなが高い目標意識を持てて、高い品質をみんなが守ろうとする姿勢は、決して他の誰かがバカにしていいものではない、気高いものだと今更ながらに思いました。そういう現場力を培ってきたその企業の文化であり、礎になった人々に、率直に尊敬の念を抱かずにはいられません。




さて、これでオレの今の会社でのミッションは、あといくつかのイベントを残して全て終了しました。エンドユーザ事情とはいえ、この案件を後輩に引き継ぐことができず、会社への貢献度が下がってしまったことは非常に残念です。が、最低限やれることはやれたし、得られる気付きもありました。これをもってオレは次に繋がる「何か」を見出さないと、お世話になった人たちに恥ずかしくて顔向けできないですねw。

*1:参画直後にうつ病が発覚したのでこのプロジェクトが原因では無いことだけは明確