ミッションたぶんPossible

どこにでもいるシステムエンジニアのなんでもない日記です。たぶん。

坊さんの行軍

 小学生の頃だった。オレの生まれ育った村は東京からすればビックリするほど田舎で、春夏は蛙の大合唱、秋は羽虫の大合唱で、ともかく夜になるとにぎやかだった。あまりの五月蝿さに昼間のうちに大量に農薬撒いてやろうかと思ったほどだ。


 でもたまに深夜、気付くとあれほど五月蝿かった大合唱がぴたりと止んでいることがあった。妹や両親でさえとっくに寝静まった夜更け、普段だったら自分もとっくに寝ている時間。布団の中で目を瞑っていると、遠くから鈴の音のような澄んだ音が聞こえてくる。


 その音はやがて大きくなり、自宅のある坂の下までやってくる。…鈴じゃない、お鈴*1だ。そのあたりから頭の中に映像が入ってくる。自宅前の坂、家の前で大きく曲がったカーブ、お向かいの家と庭と藪、その脇を流れる小川。とてもクリアに見える。こっちは目を瞑っているし、だいたい天井を向いているのに。


 更に近付くお鈴の音色に混じって野太い声が混ざる。音が家の前まで来るとその正体が見えた。お坊さんだ。10人ほどの托鉢姿のお坊さんが列をなし、坂を上って行く。脇目も振らず、お経を唱えながら。顔つきは深く被った笠で見えなかった。やがて坊さんの行列は坂を上り切った先に有るお寺の方に消えて行き、映像も消えて徐々にお鈴の音も小さくなって行った。気付いたらいつの間にか寝ていて朝になっていた。


 そんなことが数ヶ月に一度とか、そんな多く無い頻度で何度かあった。


 中学も終わりの頃、幼馴染達とのたわいない話からなぜか怪談になった。それなりに盛り上がっている最中でふと思い出すあの深夜の体験。「そういえばあの坊さんなんだったんだろ」つい声に出していた。「えっ、坊さんって行列作って歩いてるやつ?」「お経となえて歩いてるよな」ビックリした。突然5〜6人で喋ってた中の2人が話に乗ってきたのだ。「なんで知ってんの?」「だって夜な夜な歩いてんじゃん」「俺ん家の前にも良く来たよ」どうやら同じ坊さんを見ていたらしい。「じゃあ最近見たか?」オレは訪ねた。「いやぁ、見てないなぁ」「俺も見てない」2人とも一様に最近は見てない。ここ数年見てなかったらしい。


 年をとったからみえなくなったのか、それともうちの村にいなくなったのか。その後その話はしてないので、坊さんが何者でどんな存在なのかは未だに知らない。

*1:仏具のひとつ、仏壇の前に備え付けておく金属の鐘(?)のこと